Likelihood of Mine

よく学び、よく眠り、よく遊ぶ

アニメ『ボールルームへようこそ』の感想~後半ネタバレあり~

アマゾンプライムで見かけて視聴しました。アニメを積極的に見るわけではないけど、レビューが100件以上あって星が4.5以上だとどうしても見たくなってしまう(笑)

 

 

2018/3時点で、アマゾンプライムでは一期(第1話 - 第11話)と二期(第12話 - 第24話)の全編が視聴できるので未視聴の方は、この機会におすすめしたいと思います。

 

 

 

作品について

原作は月刊少年マガジンで連載されている同名マンガで、社交ダンスに打ち込むことになる主人公:富士田多々良くんの成長物語です。中学校3年生から年齢を重ねて成長していくので、まさに青春!という感じです。

アニメは、制作が 高レベルな作画で有名でクオリティの高い状態を維持してくれると定評のあるProduction I.Gさんです。毎度すごい絵や動きだな!と思わせてくれるProduction I.Gさんが、社交ダンスをどのように表現するのかというのが注目ポイントです。

監督は板津匡覧さんで、僕は作画厨のアニメーションらしい部分が大好きなので、『電脳コイル』の人だ!という感じで大興奮でした。アニメは動いてなんぼと思っているので、動きを作ってきた人が監督としてどんな作品を作るのかはワクワクしていました。

 

※これから先ネタバレを含みます!※

 

第一期(第1話 - 第11話)と第二期(第12話 - 第24話)に分けて感想を書きます。

実は、全体としては期待より少し下回るなという感じでした。。

もちろん、レビューの評価の高さも納得の部分もあるので、個人的な好みが大きくかかわっていると思います。100点満点評価で言うと、簡単に80点は超えてくる良い作品なんですが、これはすごく尖っていて評価が分かれてもおすすめしたいとはならなかったです。僕としては秀作だな、という感じです。

でも、第一期は超良かったです!それだけでも見てほしいと思います。

 

第一期(第1話 - 第11話)

そもそもなんですが、主人公の 富士田多々良くんはいわゆる天才です。ど素人から社交ダンスの世界に入るのですが、天性の「目」を持っていて理屈や言葉でダンスを理解するのではなく「感覚」でダンスを急速にものにしていきます。まさに桜木花道タイプです。天才型主人公はみんな大好きです(笑)

第一期はそんな富士田くんが、ダンスを始め、ダンスのバトルを上級者に対して挑むというストーリーでした。ストーリーは圧倒的王道で、まだ基礎も全然できていない主人公がセンスだけで、センスと努力でしっかりと社交ダンスをやってきたライバルに肉薄する理不尽な下克上です。現実では起こってほしくないことですが、フィクションで見るとアツい展開です。

 

疾走感を持って駆け抜ける物語

まず、ストーリーは社交ダンスという世界観で勝負するというのが新鮮で面白かったです。主人公は天才だけど、やっぱり基礎ができてないよねっていう努力がまだ足りていないという絶妙なバランスが良かったです。富士田くんの性格も自信がなくて控えめということもあって、素直に応援したくなる。アニメとしても練習シーンや解説というよりは、「ダンスバトル!」でライバルとダンスを見せつけあう(これが社交ダンス独特)という感じでポンポンと進んでいくので、まさに駆け抜けた第一期でした。

特に第一期の最終話にかけては胸アツです!

 

美しい止め絵の演出がすごい

次に、作画というか、ダンスシーンのアニメーションです。

これは…。期待していたダンスがヌルヌルとキレキレで動くアニメではなく、止め絵(もちろん美しい構図だけど!)だったり、同じ動きのアニメーションが繰り返されるという感じでした。ヌルヌル作画と言われるアニメでも実際には、うまくメリハリをつけているので枚数が多いからすごいという訳ではないと思っていますが(それもすごいけど)、全体を通して「動いてる!」とあまり感じられなかったのは残念でした。

ただ、動いてないとはいっても華やかにダンスを描くシーンは美しくて格好良かったです。演出として線が太くなって構図が動いていくとダンスが立体的に見えて、すごく良かったです。Production I.Gさんだからと言って動くアニメーションに期待しし過ぎだったです。

一応、主人公は中3で、ヒロインたちも中3、中2なんですが色気が大人です(笑)富士田くんとペアを組むことになる赤城真子ちゃんは、中2で明らかに幼いはずなのですが…、そこまで幼く見えず本当美しい女性として表現されていて素晴らしいです。

 

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第一期は、全体として駆け抜けていくダンスは疾走感があってよかったです。第一期だけなら、僕はこの作品は「秀作」ではなくイチ押しの作品の一つに挙げたいくらいです。

第二期がいまいちで、アニメ『ボールルームへようこそ』を全部おすすめできないかなと思っています。

 

第二期(第12話 - 第24話)

高校1年になった富士田くんが、専任のパートナーを見つけていよいよライバル達と本格的に戦うことになります。目指しているライバル達とのバトルはないのですが、その前哨戦で新たなライバル(中ボス?的な)が出現し彼らとの闘いが第二期の話となります。

 

急にテンポが落ちたストーリー

ストーリーなのですが、テンポが一気に悪くなります。新しいパートナーの獲得、師匠からの巣立ち、パートナーとの衝突、ライバル出現…と内容はたくさんあるのですが、もっさりと話が進みます

しかし、一つ一つのエピソードは一瞬で終わります。例えば、最初に富士田くんを導いてくれた小笠原ダンススタジオでは成長できないということで巣立つときに、師匠の仙石さんに別れを告げるシーンがあるのですが、かなりサラッと一瞬で終わってしまいます。ここは何か溜めてほしいところなのに…と不思議な感じになりました。

 

原作の進み方の問題なのかもしれませんが、実はこのもっさり感の原因は、新しくパートナーを組んだ「緋山千夏と富士田くんがダンスで息が合わない問題」が14話から最終話までずっと続くことにつきます。

問題提起の段階で、富士田くんはパートナーに合わせるダンスをしているので、緋山ちゃんからは「リードになっていない」と言われるのです。この時点で、富士田くんが自分のダンスを作って緋山ちゃんをリードすれば解決するやん、となるのですが、なぜか最終話まで問題が解決しません。というか、自分のダンスを見つけるということを悩む描写はほとんどありません。しかも、最終話でも、結局、富士田くんは自分のダンスを見つけることはできず、緋山ちゃんが富士田くんに身を任せる、富士田くんはやっぱり緋山ちゃんを活かすダンスをするということで、何とか中ボスなライバルを破ることになります。

富士田くんがグングン成長していく姿を見たい、というか第一期でそれを見てきたので、第二期でも新しいパートナーとぶつかる中でグングン成長があるのかと思いきや、まさかの停滞をします。この富士田くんの停滞は、カタルシスが山の向こうに飛んで行った感すらあります

 

ダンスバトルは精神バトルへ

第一期と第二期で大きくダンスバトルも変わります。第一期は富士田くんは初心者らしく自分の踊りの技術的なところを集中しながらライバルとのバトルがあります。一方、第二期では完全に精神バトルとなります。足が4本になる感覚、ライバル目線だとペアが光って見えたり、踊っていると精神世界でドアを開け始めます。
料理マンガも如何に派手な味コメントするか(させるか)みたいな勝負になっていくので、精神バトルもそれはそれで味があると思います。しかし、まだ技術的に十分に成長できる余地がある(自分のダンスを見つけるetc.)のに、精神バトルしているので、なんで?という感じでした。

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踊っていたらパートナーが急にみぞおちから湧いてきます

というか、第二期では技術的には宿敵ライバルと同レベル(Aクラス)という感じになっていて、「ダンスは何年やったかじゃない、センスだ」みたいな話もあり、え?え?という感じでした。社交ダンスが、実際そうならしょうがないです。天才にやさしい世界です。

 

第二期の終盤は、粗削りの進化系ダンスを踊る主人公たちvs 精錬された伝統ダンスを踊るライバルという対立なのですが、何が進化系で伝統なのか全くわかりません。たぶんそうだと思うけど、それはどこがそうなるの?みたいなのは絵的にはわかりませんし、言葉でも説明はされません。細かいことかもしれないですが、それ何!?という叫びがぐるぐるしてかなり消化不良でした。

 

作画は第一期はゴン太な線で人物が描かれていたように思いますが、第二期ではシャープな線になります。第二期は精神バトルになりますが、第一期よりダンスが動く(ダンスを踊る作画枚数が多い)ようになります。しかし、第一期の方がダンスシーンに強さがあったように感じてしまい、不思議な感覚になりました。第二期では作画崩壊とは言いませんが、あれ?と思うところが出てきます。

 

まとめ

第一期は申し分なく面白いのですが、第二期がいまいちという感想です。

まずは第一期を見て面白ければ、第二期まで見てほしいです。ただ、第一期だけ見たら続きは原作でというのを一番のおすすめにするかもしれません。第二期まで制作するとなると大変なのだと思いますが、あえて1クールで「もっと見たい!」と思わせるところで作品を突き抜けさせてほしかったです。

僕が短く太い物語が好みというのもありますが…。

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「あんたが分からないから無理!」

↑別れ話で一度は言われたことありますよね、これ。言った方もかとは思いますが、言われた富士田くんは超辛い。
以上、アニメ『ボールルームへようこそ』の感想でした。

 

おわり

新卒で入ると1年半~2年は電話取りさせるIT大企業を退職しました

2017年に新卒として大企業に入って2019年の3月には退職をすることになりました。僕が新卒として入った経験を残しておきます。

 

一つのサンプルとしてみてください。ベンチャーか大企業か、みたいな論点があると思いますが基本的には無駄です。いい経験をできるかできないかが一番大事です。

それで言うと、大企業に入っていい経験できなかったという話をします(笑)

結果的に面白い体験をしたことや、大企業での学びになったことはあるので、捉え方の問題ですが、無駄だったとは思っていません。

 

入社した企業ですが、

IT系の企業で、東証一部上場、社員も10,000人以上、名前を聞けば誰でも知っている日本のグループ会社です。その大企業に2017年に新卒として入社したのでした。この時点で、勘のいい方は2社くらいまで絞られていると思います。

はい、お察しの通りです。

 

 

さて、本題の新卒の扱いです。

ギャンブル部署配属の闇

システムとして、新卒は当時自分の希望の部署を書くことができますが、「希望通りには入れません」でした。

なんだ当たり前じゃん!、と思われたでしょう。

希望の部署に対して本人の適性を見て、部署の受け入れ人数を考え、できる限り本人の希望通りに配属させる、その中で残念ながら希望に沿うことができない人も出る。それに対して「希望通りには入れません」と言っているなら甘すぎる考えでしょう。

しかし、「入れません」というのはそのレベルではありませんでした。

 

なんと、同期は僕も含め、希望に全く書いていない部署に相談なく決められました。

グループ企業なので、サービスは多岐にわたります。例として、面接のときから一貫してWEBマーケティングに興味があると言って入社し、希望のそのように書いたのに財務に配属が決まった(←具体例を書いてしまうとさわりがありそうなので、この位あり得ないことが起きたという例)ということもありました。

人事が、研修、希望調査、性格判断、配属という流れを少ない人数で回しているため時間を割けないのかもしれません。とはいえ、それにしてもひどい。

 

希望調査と配属の間は、当然受け入れ人数と適性の問題があり、希望と異なる新卒が生まれてしまうのは理解できます。希望と異なる場合に、できるだけ希望に沿う調整を行う、もしくは本人に経緯を説明することぐらいはあってもいいはずです。

しかし、実際のフローは第一希望から第三希望まで書いたアンケートを提出→本人の希望を面談→最終決定という流れだけです。実質、アンケートを提出する行為しか自分の意思表示のタイミングがありません。

しかも、最終決定に対して「なぜ希望と全く違う部署になったのか?」という質問をぶつけると、新卒の前に現れる人事担当者は「上の人が決めたことなのでわからない。私たちはあくまで性格や適性のための判断材料を提出しただけ」という回答でした。

結局、誰が決めたのか、なぜ決まったのかは配属先の部署の人事担当に聞いても「私たちは本体(グループ元)から配属人数を伝えられただけだ」ということで、一切わかりませんでした。

 本当にテキトー(鼻ホジ)に決めているように思われる状況でした。

 

「希望の部署に配属されない」というのは、常識的に考えられるレベルを超えていたと今でも思います。どこの会社においても「希望の部署に配属されない」当然ありうるし、それは新卒も理解しています。社内の人事や他の企業に行った高校・大学の友人の話を聞いても同じようなことはあるというのは知っています。しかし、あまりにひどかったです。

正直、「希望をとる意味はない」配属決定で、本人がなるべく納得して配属できるようにという配慮も一切ありませんでした。配属を決めた理由が一切明かされず、希望と全く異なるところに配属されたら、納得して仕事ができるものでしょうか?(1年以内の離職者の数は知っている同期の中だと3割でした。)

ちなみに、僕は希望通りではありませんでしたが、同じ領域の部署への配属だったので配属理由こそ不明でしたが、そのまで不運な配属ではありませんでした。

これに関しては2017年の新卒では非常に話題になり、人事に直接交渉した人が少なくなかったのでした。もちろん、何も変わりませんでしたが。

 

もちろん、アンケートの希望通りに配属された同期もいます。彼らは当初思い描いていた仕事内容と違うということもありつつ、それでも現在の仕事を通過点としたキャリアを見ていて、充実しているようです。総論としては、アタリとハズレがあり、それはまさに天国と地獄のギャンブル配属でした。

このことについて人事の人間に聞くと、誰もが変えたほうがいいと思っているようですが、誰もが変えられないと考えているようでした。変えられない理由はとどのつまり、忙しいから、に尽きます。新卒でハズレを引いた人間のフォローという仕事の優先順位が低いのです。
沢山採用しているので、新規獲得数が減らなければ大きな問題にはならないのだと思います。

 

飼い殺しの新卒

ここからは個人的な話になります。部署に配属された後は、部署ごとの仕組みとなります。「希望通りに配属されなかった」としても部署によっては、別の部署への流動性が高いところがあり、実際に異動したという同期もいました。なのでグループ全体としてみれば、配属自体は非常にお粗末だけれども、1年というスパンで配属・異動を考えると融通が利くこともあると言えます。

しかし残念ながら、僕が配属された部署は全く流動性のない部署でした。希望を出す人間はいましたが、誰一人異動ができた人はいなかったのでした。そして、何よりも部署配属が終わると、担当業務への振り分けとなりますが、これが何より辛かったです。

 

配属された部署の新卒は、コールセンターか事務作業の業務のどちらかしかなく、希望は一切とらず、しかも1年半~2年は決して他の業務をやらせてもらえないという制約つきでした。僕はコールセンターでしたが、運営を行う訳ではなく派遣社員の方と同じ環境でひたすら電話をとり続ける業務でした。(この経験については別でまとめようと思います。)

IT企業に新卒で入る人間が、コールセンターで電話と取らされる、事務作業(書類をひたすら整理するようなこと)させられるなんて思って来るわけがないのです。しかも、改善や成果を残したところで異動が早まることもなく、賞与や表彰というインセンティブはありませんでした。「この会社はすごいなー(棒)」と思うしかありませんでした。

退職の理由は別のところにありますが、それも要因の一つです。むしろよく1年続けたと思います。

結局、改善や成果を残せば実力を評価してもらえる可能性があると夢を見ていたのです。しかし、やってきた仕事が転職の際には他社に評価してもらえる内容だったようで、安心しました。社内にいるときは周りから褒められるのに、実質的な評価が一切なかった(賞与、責務UPなど)ので、当時はただフラストレーションが溜まるばかりでした。


一方、1年半~2年近く新卒の担当業務をこなした後は、部署の中の花形業務に異動となるので、実力がもともとあればより自由で権限のある仕事ができるようになります。20代の2年を捨てることもいとわなければ、選択として良いかもしれません。

 

転職のときに改めて思いましたが、新卒をコールセンターか事務作業の業務に1年半~2年近く従事させるというのは非常に狡猾な判断です。

一度配属してしまえば、その新卒にはしばらく転職できるところはありません。なぜなら、誰でもできる派遣さんのお仕事と言われる仕事だけをやってきた人間と評価されるからです。新卒は合理的な選択をすれば1年半~2年は捨てて、はれて異動となった業務でキャリアを形成して転職しようと考えるしかないからです。つまり、都合4年は会社のために仕事をさせることができます。ただし、果たしてそれは経済的合理性があるのかということは謎です(優秀な新卒が利益を出す部署に配属されるのは1年半~2年後のため)。

 

自分が手を挙げて参加すればやりたいことができる環境がある、と謳う会社は恐らくそうなのだと思います。僕が入った「大企業」はそうではなく、言われた仕事(トップダウン)を全力でこなすことが評価される会社でした。中途でかなり大きな決裁権限がある役職で入った場合には非常に楽しい会社だと思います。

 

新卒の方へ

新卒は企業にとって生え抜きでビジネスに理解のある人材になるという面と、実際に働かせてみないと利益を生むかわからないという面があり、手放しに大事にできる人材ではありません。様々なビジネスをやっているグループ企業への就職は、組織が手を挙げればやりたいことができます、と言っていない時点で強いトップダウンのため、新卒としてできる範囲は狭くかつ面白味がない可能性が十分にあります。

正直、新卒のときは「自分が何をしたいのか」というは決まっていないでしょう。決まっていたとしても、実務経験がないので誤った職種や業界を志望しているということの方が多いのではないでしょうか。

同期にもいましたが、グループ採用であれば適性をもとに勝手に人事が配属をしてくれて「決めてくれる」と考えて入社を決めている人もいるでしょう。

私は入社当時から今も変わらず思っていますが、新卒というキャリアで選ぶべきは「適性ある仕事を探すこと」ではなく、「成果を残すという経験」だと思います。後から見たときに「そんな面白いことしたんだ!」と言える仕事ができそうな企業を選ぶのが一番です。しかし、やってみないとわかりません(笑)。私の場合は、完全に笑いのタネです。

ただし、社会的信用のために仕事をする人は、知名度のある企業であれば全く問題ないと思うのでこのアドバイスは不要です。

 

自分を成長させる的なキャリア描く人は、なるべくボトムアップで仕事をできる会社がよいと思います。転職サイトなどを見れば、社風がトップダウンボトムアップか判断できるのでそれでよいと思います。新卒の会社は一生の会社になるはずがないので、あまり悩む必要はないです。内定がもらえたのならその会社でとりあえず良いし、本当に行きたかった企業があるならば中途で転職して行くのが一番良いです。視野も転職のときには広くなっているし、新卒で入った企業で成果を残していれば非常に転職はスムーズです。
結論として、新卒のタイミングは転職を視野に入れた上で企業を選ぶのが良いと考えています。

 

おわり

 

【ONE PIECE(ワンピース)】"ワンピース(ひとつなぎの大秘宝)"、"Dの一族"の正体の考察(ネタバレ注意!)

ONE PIECE(ワンピース)』をここ1週間くらい集中して読んでみて、やっぱり面白い!さすが、少年ジャンプの看板を10年以上張ってる作品はちげえや!ってなったところです(笑)

せっかく読んで面白かったので、現時点で考える『ONE PIECE(ワンピース)』のクライマックスになるであろう"ワンピース(ひとつなぎの大秘宝)"とそれに紐づく"Dの一族"の正体について考察してみます。

 

そもそも考察をしたところで、作者がエンディングは決めてないというスタンスだと予想して「当たった!」「はずれた…残念(´・ω・`)」ともならないのですが、巷の情報では、すでに尾田栄一郎さんは"ワンピース(ひとつなぎの大秘宝)"を決めているのだとか。以下がその内容抜粋です。

さくら:最後は決まってないんでしょ?

尾田:決まってますよ!今言いましょうか?

さくら:…知りたいけど、やめとくよ。でも、ワンピース(の正体)は自分の心の成長でしたみたいな事じゃないよね?

尾田:あはは、そんなオズの魔法使いみたいな事だけはしません。あれだけ頑張って冒険したんだから、キチンとご褒美はあげないと。

さくら:良かった‼ ルフィ達ご褒美がもらえるんだ‼ すっごくいい物なんだろうな

出典:『さくらももこ編集長 おめでとう デビュー30周年記念』の対談「ONE PIECEの尾田っちが私んちにやってきた!!」

このように「ご褒美」になりえて、かつ「大切なものはココ(仲間、心etc.)にあった」という道徳の教科書にはならないということが、現時点でわかっています。

非常に興味深いコメントです。

余談ですが、『鋼の錬金術師』は作者が最終話はすでに決まっていると連載当時に発言をしていましたが、その当時、僕はとても結末を考えるという知能が追い付いていなくて、「答えは決まっているらしいのにモヤモヤするな」と苦々しく思ったものです。

いい加減考える知能がついてきたので、リベンジ(?)として「マンガ考察」と呼べる枠内でやってみたいと思います。

 

まず、ざっくりとしたマンガ『ONE PIECE(ワンピース)』のあらすじから紹介します。

かつてこの世の全てを手に入れた男、〝海賊王〟ゴールド・ロジャー。彼が遺した「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」をめぐり、幾多の海賊達が覇権を賭けて争う「大海賊時代」が到来した。…(中略)…そんな時代の中、少年モンキー・D・ルフィが海賊王を目指して航海をする冒険活劇である…

 出典:Wikipedia(一部改変)

あまりにもざっくりし過ぎたまとめですが、要は最終話の予想、物語の結末を考察したいのです。よって、質問はこのあらすじにある通り、"ワンピース(ひとつなぎの大秘宝)"って何なのか?それを考えていきます。詳しい説明や内容は原作を読みましょう!ちょー面白いです。(以下、ネタバレ!

 

さっそくですが、僕の考察の結論は、

"ワンピース(ひとつなぎの大秘宝)"とは、「自由な世界」の実現、です。

結論だけだとなんのこっちゃ?という感じですので、ストーリーを追いながら説明をしていこうと思います。

 

 

 

ワンピースの歴史考察

「空白の100年」について

最初は、ワンピースの歴史問題についてからです。

物語の歴史についての発言といえば、オハラのクローバー博士の発言です。

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395話

彼の説明曰く、歴史には「空白の100年」が存在し、それはポーネグリフ(歴史の本文)に記載されている。その理由とは、世界政府の敵というものが存在していて、彼らがポーネグリフという形で歴史を紡いできた可能性があることでした。

それを語ったクローバー博士は、五老星の指示によって知りすぎたと言われ撃たれているので、非常に近い仮説と考えていいでしょう。

 

世界政府の敵だったのは誰なのか?

これは、おそらく"Dの一族"でしょう。元天竜人から「神の天敵」と呼ばれたり、嵐を呼ぶとまで評されるこの一族をさしおいて、敵は考えられません。これに関しては、ネット上でも異論はないです。

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764話のコラソンによる告白

世界政府の敵=Dの一族、とします。そうすると、

失われた100年の真の歴史を残そうとした人々・恐らく世界政府によって滅ぼされた人々="Dの一族"となります。

 

世界政府とは何か?

天竜人が最高権力であり、元は800年前に各国の王20名をまとめて設立した機関であるとなっています。五老星がそのトップに位置し、実はイムという謎の人物がトップの可能性が出てきています。しかし、世界政府の成り立ちについては、まだ「真実」を語るという形で説明がされておらず、物語の一般的な常識というレベルの説明しかされていませんので、詳しい考察(イム様って誰?ということ)はしません。

考察の材料としては、世界政府が、物語の現在において世界の権力のトップであり、今世界の覇権を握っている支配者であるということです。そして、彼らは真の歴史が暴かれることを恐れています。オハラにバスターコール(全員抹殺&証拠隠滅)がされたこと然りです。

 

歴史が暴かれるのを恐れるのは権力者の常です。中華の歴史が一番わかりやすと思いますが、新しい王が誕生すれば前の王がいかに残忍で冷酷であったかの歴史が作られ、新しい王がその魔の手から如何に民を救ったのかが後世に語り継がれます。当然、前の王の方が「優れていた点」はなかったことにされるのです。なぜなら、新しい王が必ずしも前の王に比べて「正しい」訳ではないからです。歴史を恐れる王というのは、過去にやましいと感じる、もしくは一般的な「正義」「倫理」にもとる行いをしてきたことに他なりません。なぜなら、100%正しいと思える行いの上で王になっているならば、現在の王政の良さを未来に対して誇張することがあっても、過去の事実を否定する必要は一切ないからです。

そもそも、なぜ過去を否定しなければいけないのかを考えてみると、過去を否定しなければ現在の自分たちの覇権が危ないと考えているからなのです。仮に、過去に非道な行いをしていても、それが暴かれたところで現在の覇権にに支障をきたさないと思えば放置できるはずです。しかし、過去の抹消を執拗に行う必要があるのであれば、その過去は現在の覇権を揺るがすほどのものであり、裏を返せば、現在の覇権は過去の事実によって簡単に覆るような脆いものであることを認めているということになります。

 

これを、ワンピースの物語の「空白の100年」に当てはめてみると、今、世界の覇権を握っている世界政府が恐れているのは、過去に世界の覇権を握っていた者達の歴史ということになります。そこには、当然現在の世界政府の以前の姿も描かれているはずです。そして、世界政府は「空白の100年」にあった、自分たちの「正義」「倫理」にもとる行いが暴かれることを恐れていることになります。

世界政府は今覇権を握っているが、その前にあたる「空白の100年」の行いが暴かれることによって、簡単にその覇権が失われてしまう状況にあるのです。

 

世界政府の覇権の源泉とは何か?

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497話

それは、天竜人が世界政府を作った「創始者」の末裔だということから由来しています。少なくとも、それが理由になって天竜人の残虐非道な行い(奴隷制度、殺害etc.)が許されていることになっています。彼らの権力の源泉とは、「世界政府は創始者だから偉い。偉いから神である」というトートロジーで、一種のイワシの頭です。権力の根拠は圧倒的に弱いことがわかります。

これ、日本の天皇に当てはめて考えてみると非常にわかりやすいと思います。天竜人と同じように、天皇は日本を作った神々の子孫だと言われています。日本人はそれを信じて(?)歴史上では権力を移譲してきました。でもこの権力基盤は、もし「天皇は一般人(豪族など)の子孫で、我々(市井)と変わらないただの人間である」という事実(?)が明るみになって、それが確実になったら爆散します。これ以上続けると誰かから刺される気がするので、まあそんな感じだと雰囲気だけ掴んでください。(特に他意はないです。)

 

さて、ワンピースに話を戻すと、そこから導かれる「空白の100年」の歴史とは、「天竜人が世界政府を作った「創始者」の子孫だということ」という事実を覆すものであるということになります。

 

歴史考察まとめ

歴史的背景考察をまとめると、

「空白の100年」は現在の世界政府にとって不都合な真実がある。

不都合な真実とは、おそらく世界政府によって滅亡されされたと思われる"Dの一族"と世界政府の過去を描く歴史である。

その歴史とは、「天竜人が世界政府を作った「創始者」の子孫だということ」という世界政府の権力の源泉を覆すものである。

となります。

  

補足:古代兵器について

ここで、ポーネグリフ(歴史の本文)に記載されている、古代兵器についても触れたいと思います。古代兵器は3つあります。プルトンとポセイドン、そしてウラヌスです。内容は以下です。

プルトン…戦艦→設計図のみ受け継がれていた

・ポセイドン…しらほし姫(人魚姫)自身

・ウラヌス…不明

古代兵器として再三紹介されているのですが、実は古代兵器は「兵器」ではないのではないかと思います。というのは、「船に良い悪いではない」とフランキーのお師匠であるトムが言っていたこと、そのものずばりです。

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356話、プルトンの設計図を受け継いできたトムさん

もし古代兵器の設計図があり、その設計図を古代兵器として代々受け継ぐ意味は、いつかどこかで「兵器」として使うためです。では、プルトンの設計書を代々受け継いでいたトムは、そしてその祖先たちは「兵器」として使われることが決まっている(わかっている)ものの設計図を代々引き継いで来たのでしょうか?「古代兵器」とは、使い方によって「兵器」にもなれば、「世界をより良くする素晴らしいもの」でなりうるということです。

実際に、「古代兵器:ポセイドン」であると判明したしらほし姫の能力は、海王類と対話ができるというものでした。この力を兵器として使うこともできますが、同時に海王類と共存ができるようになる能力でもあります。要は使い方次第です。

 

Dの一族の正体について

さて、物語の核心のもう一つ、Dの謎について次は考えたいと思います。

 

Dの意思とは何か?

ここまでの「空白の100年」の考察をふまえると、Dの意思とは「自由な世界」の創造なのではないかと考えます。なぜならば、世界政府の作った現在のアンチテーゼが「自由な世界」であるからです。

現在の世界政府の世界観とは、天竜人を頂点とした厳格なピラミッド構造です。ゴア王国が世界の縮図のようだと言われていましたが、一番下に奴隷がいて常に虐げられる立場にいます。また、弱者として生まれてしまった者は、強者に虐げられることが当たり前となっています。逆に、権力者や強者は自らがルールとなって、彼らのみが自由を獲得できます。

Dの一族が世界政府の敵であり、かつ彼らの権力を覆す可能性がある存在だとすれば、彼らの紡いできた歴史と彼らの意思とは、世界政府と逆の発想、つまり、誰もが平等で誰もが自由である世界の創造だと考えます。これはまさに、現在の世界政府の世界観に対するアンチテーゼ、そして彼らの天敵となりうる思想です。

 

思い返すと、ルフィーが海賊王とは何かということについて答えるシーンがありますが、それは世界で最も自由な人間であって、権力や支配をする人間ではないと言っています。

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506話

Dの意思の本流はここにあるのではないでしょうか。すべての種族、場所に住む人々が差別なく制限されることなく自由であること、それが理想のだと考えます。この「自由」という概念は難しいですが、麦わら海賊団が店のものを海賊だからといって万引きして食べるということを安易に行わないことから、「公共性のある自由」だと思います(難しいこと言ってみたけど、要はなるべく人様に迷惑はかけない自由です)。

戦いの後に必ず宴のシーンがありますが、それを誰とでもできる世界がワンピースの理想と呼べるのではないでしょうか。

 Dの意思=自由な世界の創造と考える根拠としてあげておきたいのが、Dの一族が人間族だけに限らない描写があったことです。巨人族にもDの名前がありました。つまり、Dの一族においては種族における不平等(不自由)の概念はなかったという証拠になるのではないかということです。現時点では明らかになっていませんが、実は全種族にDの名前を受け継ぐ者たちがいるように思います。そして、すでに登場している人物の何人かはDの一族の末裔である可能性が非常に高いと考えます。

 Dの意思から話を進めて、Dの一族の正体について考察すると、彼らは「自由な世界」を実現しようとしていた一族であると考えます。

 

Dの正体の考察まとめ 

歴史とDの正体についてまとめると、

「空白の100年」には誰もが平等で、自由に好きなところに行ける時代だったのではないでしょうか(もしくはそれを目指していた時代だった)。その自由な世界を構成する力は、時に世界を支配をする力にもなりえたでしょう。そこに目を付けた世界政府は、Dの一族を滅ぼしその力を手に入れようとしたのです。ところが、Dの一族はその力、「古代兵器」と呼ばれるものを隠し後世の自由な世界を実現したいと考えてくれる人々へ託したというのが「空白の100年」の歴史になると考えます。

つまり、世界政府(天竜人?)とは、もとはかつて存在した王国の国民に過ぎず、さらに、その王国を滅ぼして世界を支配しようと目論んだ人々であるということが、歴史として描かれているのではないでしょうか。

 

"ワンピース(ひとつなぎの大秘宝)"について

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576話

白ひげ曰く、ワンピースは実在し見つけることによって世界をひっくり返すことになると代物だそうです。物語にはそれ以上手掛かりになる発言がないので、それがどのような形を持っているのかは不明です。しかし、「世界をひっくり返すことになる」のであれば、「空白の100年」や「Dの意思」に何かしら通じるものがあるはずです。

それは、「自由な世界」です。

 

作者のヒントを参考にすると、ワンピース(ひとつなぎの大秘宝)は何かしらの「ご褒美」になります。抽象的には「自由な世界」であるとは思いますが、具体的にどのようなものが「自由な世界」なのか疑問が残ります。

物理的に「自由な世界」を実現する方法とは、境界を失くすということです。例えば、人間一人の境界(障害)を失くすとか、すべての国境を失くして一つの帝国にするとか、さらに大きくなるならば陸地をすべて失くして海のみにしてしまう(逆もありですが)とかです。

自由を阻害する要因として、個人レベルの障害で言えば、悪魔の実の能力者はカナヅチになってしまうというのがあります。一方、地理に目を向けてみると、明らかに自由の障害になっているものがあります。例えば、レッドラインです。不自然に高く海を分ける大地、これもまた大きな障害です。

ワンピース(ひとつなぎの大秘宝)が物理的なものであるならば、個人の不可能を可能にする(悪魔の実の欠点を失くす)か、大地そのものを境界のないものにしていまう(レッドラインを消失させる)ものだと考えます。残念ながら、物理的なものだとしてそれがどの次元で自由を実現する秘宝なのかは材料が足りず(もしくは力不足で)、考察できませんでした。

 

以上考察をまとめると、

ワンピース(ひとつなぎの大秘宝)とは「自由な世界」を実現するものである。

おそらく物理的な自由を約束するものである。

しかし、それは個人レベルなのか、世界(地理)レベルになるのかはまだわからない。

となります。

 

最終話について

さて、世界を物理的に「自由な世界」にしてしまうお宝であるならば、実質「世界を自由にしてしまえる」お宝でもあります。しかし、それが世界一自由に生きたい人間の手に渡れば…と考えると、主人公ルフィーが考える海賊王の姿を思い出します。

最も自由な人間を「海賊王」と呼ぶ。

 

少し脱線をしますが、人類史で海賊が最も勃興したのは16~17世紀の間です。この時代に横行していたのは、植民地支配、三角貿易で有名な奴隷売買です。海賊たちがあふれた理由はいくつもありますが、その理由の一つとして「奴隷からの解放」であったそうです。当時起こっていた戦争など、現実の海賊勃興の原因は複雑です。ですが、ワンピースの物語の下地として取り上げるならば、「奴隷からの解放」が海賊勃興の原因であるというのが非常に興味深いと思います。

当時、植民地拡大が国家によって進められていました。それに伴い、船乗りたちは労働力である奴隷をこき使い、事業の拡大を急がせました。それはあまりに苛烈を極め、非人道的な扱いでした。奴隷たちは、そこからの脱出を望み、結果として多くの海賊が生まれたという歴史があります。奴隷となっていたのは、主にアフリカ系移民ですが、白人においても船主以下水兵は同じような扱いだったそうです。

 まさに、人々は「自由」を求めて海賊になったのでした。

 

この話、ルフィーが言っている「海賊王」と重なりませんでしょうか。作者も当然、海賊を下地にする中でこの歴史にも触れているはずです。ルフィーが答えたように、この物語は「自由」を求めて冒険をする者たちの話なのだと考えます。

きっと、ワンピースの最終話ではルフィーは海賊王になるでしょう(ナルトも火影になったことですし!)。そして、彼はその後も常に最も自由な人であろうとするのだと思います。一方、彼によって世界もまた各々の自由を求めて生きることができるようになるのだと考えます。誰もが、広い意味で「海賊王」を目指せる世界になるというのが最終話ではないかと思います。

ちなみに、現実の通称:黒髭(エドワード・ティーチ)の死は、海賊時代の転換期とも言われています。ちょうど、黒髭の死は自由を求めた「海賊」たちの時代が終わりでもあったのです。きっと、ワンピースでも「黒ひげ」との戦いはクライマックスになるでしょう。

 

まとめ

"ワンピース(ひとつなぎの大秘宝)"とは、「自由な世界」の実現、という説、いかがでしたでしょうか?

今のところの予想になっていますが、同じ話の流れで進むと至上の喜びです。予想だにしないようなどんでん返しもあることでしょう。いい意味で期待が裏切られることを楽しみに今後も追いかけていきたいと思います。

もっともらしい自分を残してみたい

ブログを書き始めました。
人間の記憶力は人に話した経験によって、長期的な記憶に残るのだとか聞きます。一人暮らしで話す相手はいない。かといって、誰かに話すなら笑い話くらいしかない。本当は、愚痴もあるしかなりまじめに考えていることを誰かに話したいのですが、まあ、それができる相手がいません。

外形上はボッチではないのですが、精神的にボッチです。

TEDで話題になりましたけど、人間が幸福に長生きする条件の研究でわかったのは、”Loneliness kill people”ということ。学歴、親の収入、社会的成功どれも関係なく、その人物の幸福度を決めるのは「深く温かみのある人間関係」なのだそう。

それを見たときは絶望しかなかったことを思い出します。

本当、友達がいなくて寂しいと思っていても「人生楽しく」生きたい。孤独でも幸せな条件を研究してほしい。

 

さて、ブログをなんで書き始めたのかという話がしたかったのですが、要は自分の長期記憶に行ったことを残したいということでした。
駄文でもなんでも、話す相手がいないならインタネットの藻屑に言葉を吐き捨てていきたい。誰か見て…みたいな感じです。こうやって文章にしてみると恐ろしくメンヘラぽいですね。最近見たアニメで『宇宙よりも遠い場所』があるんですけど、その中の「三宅日向(みやけひなた)」ぽい感じです。詳しくはアニメ見てね、アマゾンで見れるよなんですが、簡単にまとめると、

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人とのつながりが本当はほしいのだけど、それが怖い。でも、外見上は人づきあいがそこそこよさそうな感じで、話してみると好印象。でも長期的に深い関係に踏み込んでこない人っているじゃないですか。そんな感じです。

 

誰かに話せば楽になるという、おばあちゃんの知恵(なんかJR関西におばあちゃんの知恵袋とかいう、JR東日本のマリオ雑学の劣化版があったことを思い出しますね)的な奴は結構有効だと思ってます。唾つければ何とかなるとか、風邪ひいたらネギ巻いとけ、とか現代に駆逐されてしまったものはいっぱいありますが、確か話せば楽になるというのは科学的な根拠があったような気がします。

まあ、サンプル数N=1でも、僕はそうなんだから僕が使う分には有効で、科学的根拠なんていらないのですけど。

こうやって、誰が見るわけでもないけどとりあえず誰もが見れるところで叫び声をあげる。いいですね。

記憶に残るようなことと言いましたが、実は何かを書きながら、自分がしたいことや、してきたことから自分の尤もらしさを探したいと思っています。いつか、人間のサンプルを集めれば、読み込んだ日記からその人物の漸近的人格を作れる時代が来ると思うのです。過去のものは取りためているので、いつか僕の肉体がなくなったときに僕の精神だけ再現できたら面白いなという感じがあって、こうやって残してみたいと思ったのがあります。実際考えてみると、人間の考えは大体同じ経路と仮定してテキストマイニングとその人の状況に応じて言いやすい言葉を当て込めば、見た目はそれっぽいのは大量にデータをラベルしてインプットすればできそうな気がしますね。

 

ぼちぼち、寂しい、寂しい、誰か見て!褒めて!という気持ちいっぱいに更新していこうと思ってます。